昨日夕刻から、左足の痛さが変わった。
些細な変化だと当初は思っていたが・・・。

昨夜風呂に入ったとき、湯船から上がろうとして
曲げていた左足を伸ばしたら、膝の裏側に痛みが走った。
慎重に動いた。

今朝起きたときも、左膝の裏側に痛みを感じた。
今まで痛かった左膝の表側の痛みはなくなった。

きょう、整形外科に行ってきた。
定期通院とリハビリのため。
診察を受けた。

左膝の裏側に腫れもあり熱もあるとのこと。
補装具をキチンと装着して、
松葉杖を使って慎重に歩くよう指示があった。

診察のあと、いつものようにリハビリをしてもらった。
概ね良かったのだが、足を伸ばした一瞬、激痛が走った。
どうやら何かエシレヌものに当たったようだ。

歩くのも、座るのも、一層慎重を期さねばならない。
熱があるときは冷やすようにとの指示があった。
痛さが新しい段階に入ったのか、
一時的なものなのか判別できない。

当面、様子をみるしかないのだが、
新しい症状は勘弁してもらいたい。
元の痛みが慣れていて良い。

とは言っても、痛いものは痛い。
どちらにせよ、慣れていくしかない。
新たな炎症とか痛さの範囲の膨張とかがなければ良い。

良い方に変わってくれることを願いながら
年末年始を過ごそうと思う。
あっ、クリスマスもあるんだ。

昨日、施設の担当者会議がありました。
父の入所する特別養護老人ホームで、
半年に1回の担当者会議に出席してきました。

6月に入所して早半年。
父は少し痩せてきていますが、
元気です。

会議では栄養士や介護士、看護師さんなどそれぞれの
担当者が現状を報告してくれました。
色々気を配ってもらっていることに感謝しました。

会議のあと、父と面会してきました。
母も会議に出席する予定でしたが、
風邪のため欠席し自宅待機。

父との面会は私は久しぶりでした。
40分ほど話してきました。
弟妹や甥姪のこと、父の兄弟のこと、
近所の人たちの近況を報告しました。

時折、涙を浮かべながら、
喋れない父はうなずくばかり。
切ないです。

私のことを心配している模様で、
松葉杖が気になるようでした。
親とは、ありがたいものです。

自宅への外出は、季節が進んできたため、
来春にしようかと母と話しています。
ショートステイで施設に通っていた頃は
帰宅願望が強かった父。

入所してからは帰宅を
我慢しているのかもしれません。
玄関で迎えを待つことはなくなっているようです。

担当者会議は次回は半年後の予定。
それまで、父が無事過ごしていけることを願っています。
私も足を治したいです。
昨夜、9時半ごろ、眠ろうと思って布団に入ったが、なかなか寝付けない。
10時頃、安定剤のデパスを服用、効果なし。
11時頃、睡眠導入剤のハルシオンを服用、効果なし。

1時頃、テレビを点けてみた。
楽曲のランキングの番組をやっていた。
ので、しばらく見ていた。
すると1995年のヒット曲もメドレーが流れてきた。
懐かしかった。

あの頃はまだまだ三十路の初め。
宇多田ヒカルのデビューアルバムに衝撃を受けた。
今は高橋みなみのアルバムに夢中だ。
今年中に1曲ぐらいは歌えるようになりたいと、
目下日々訓練中だ。

3時前、布団に戻った。
眠れない。
仕方ないので目を閉じて呼吸を整えて、
暖かい毛布にくるまって、寝ている気分になろうとした。
が、無駄な努力だった。

柱時計が5時の知らせを告げたとき、眠るのをあきらめて
体重測定をした。
真夜中にテレビを観ながら生柿5個を食した。
ので、当然体重は増えていた。
悔しいが、大好きな柿があるのに食べない手はない。

干し柿残り300個以上。
1日10個食べても1月かかる。
余裕で年を越せる。
今年の柿は豊作だ。
で、誰も食べる人がいないので、お鉢が回ってくる。
有り難い。

私は果物は好きだ。
手軽に食べられるバナナやミカン、リンゴなどもよく食べるが、
果物の中で一番好きなのは多分「柿」だ。
生でも良い、干しても良い。
甘柿もOK、渋柿もOK、甘柿を吊したものは尚良い。

しかし残念ながら、今年は左膝が骨壊死で治療中で、
自分で柿をちぎることができなかった。
叔父にたくさんちぎってもらった。
母が皮をむいて吊してくれた。
私は労せず食べるだけ。
まさに至福。

叔父や母には感謝を込めて年末に贈り物をしようと思っている。
基本、柿を食べるときはご飯を食べない。
ご飯を柿に置き換える置き換えダイエット、になるはずだが
ついつい食が進み、体重は減ってくれない。
柿撲滅の日まで、多分続く。

えーと、柿の話ではなく、結局徹夜してしまった。
布団の中で呪文のように眠れ眠れとくだを巻いても眠れないことが分かった。
一昨夜は午後8時から夜中の2時までこたつで爆睡。
そしてベッドに移ってからも爆睡。朝7時半まで寝ていた。
その余波で昨夜は眠気が来なかったのかもしれない。

きょう、日曜日は椿油の搾油作業だ。
技術を身につけていない私は、もっぱら実の選別隊だ。
8時からなので、きょうも一日頑張ろうと思っている。
一睡もできなかったが、無事今日一日過ごせることを請う。

このところ、毎日柿を食べています。
ずぐっしょ柿に干し柿、富有柿。
毎日この上もなく幸せです。

昨日、岐阜の叔父から富有柿が
段ボール箱いっぱい送ってきました。
すごい量でした。
早速仏様に上げて報告しました。

このところ、体重は増加傾向です。
一時期、92キロまでダウンしましたが、
反動からか94キロ台に戻り、
最悪96キロまで戻してしまいました。

今朝は94キロ台でした。
これからまた、少しずつ減らして行きたいと思っています。
減量はまず小食に徹することだと思います。

職場での昼食はおにぎり1個かソイジョイ1本。
昼は何とか保ちますが、夕食は食べ過ぎてしまいます。
柿があるときはご飯の代わりに柿を食べます。

朝は一汁一菜、だいたい決まっています。
夕食をどこまで減らせるかが、減量のカギを握っています。
頑張りたいと思います。が、柿があるので難しいです。

毎日体重を量っています。
体重を記録している体重記録日記はこちらからどうぞ。
何の変哲もない、無味乾燥なブログです。

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便秘してます。
この3日間、とても苦しいです。
イチジク浣腸をしていますが、
なかなか今回の便秘は頑固で、
まだ解消していません。

今日は小春日和で、日中は暖かくなりました。
でも、歩行に松葉杖が要るので、外には出てません。
今年の2月から松葉杖生活。
9ヶ月になります。

膝の痛みはなかなか取れません。
数メートルは、松葉杖なしで移動できますが、
それだけです。
リハビリ、続けています。

左足に筋肉をつけなければなりません。
5、6種類のリハビリの運動をしています。

今年の2月から、一度も畑に足を運んでいません。
母が頑張っていますが、私は機械を使うことも荷物を運ぶこともできません。
普通に歩けることがどんなに幸せなことか、改めて羨ましいと思います。

順調に減ってきていた体重は、今月は反動で増えています。
かなり食事を制限して痩せてきたのですが、
今は食欲が勝っていて、食事量が多くなっています。

今年中のアンダー90キロは厳しい状況です。
今年の正月は111キロだったので、16~17キロ減りましたが
まだまだ90キロ台、減らさなければならないです。

左膝は「骨壊死」と診断されています。
非常に珍しいケースだと言われています。
普通に歩けるようになることが目標です。

手術は、今のところ考えられません。
手術になれば大手術になると言われています。
大学病院での手術と言うことになりそうですが、
今はそれは考えないようにしています。


立冬を過ぎ、今年も寒くなってきました。
先週はリハビリに行くのに半ズボンでした。
今週の通院のときは、長ズボンでした。

寒くなってきました。
先月は病院に行った日は6日。
あっちこっち、忙しかったです。
今月は4日間の予定です。

通院するときは休みをもらっています。
なるべく半日勤務のときに休むようにしています。

先月の終わり頃から、柿をたくさん食べています。
私は、果物の中で一番好きなのが、柿です。
生でも良いし、干し柿も食べます。

今年は地元で栽培をされている「たいしゅう柿」を手に入れることができ、
とても美味しかったです。
来年の熊本春の植木市に行って、苗を買ってきて植える計画をしています。

このところ、毎日柿を食べています。
叔母さんちからたくさん柿をもらいました。
干し柿にして、軒に吊しています。

皮をむいてくれたのは母。
その数、600個以上だと言うことです。
吊せないものは、焼酎で練っています。
こちらも100個ほど。

柿好きの私には毎日柿が食べられる今のシーズンは幸せいっぱいです。
ひとつ難点があるのは、柿は身を冷やすという点です。
当分の間、柿を食べることができるので、食べ過ぎには気を付けたいと思います。

寒くなってきました。
ベッドの上で寝返りを打つことがほとんどできないので、
朝から身体がこわっています。

左膝は少しずつですが痛みが和らいできています。
頑張ってリハビリをして筋肉で巻いて痛みを和らげます。
早く普通に歩けるようになりたいです。


今日は少し冷えてきました。
10月も半ばになり、衣替えの時期となりました。
昨日までは半ズボンだったけど、今日からは長ズボン。

毛布1枚では少し冷えてしまい、今朝は早く目が覚めました。
昨夜はシャワーで済ませましたが、今日からは湯船にお湯を張ろうと思っています。
身体が冷えています。

昨日は歯医者さんに行きました。
3ヶ月の定期点検、掃除をしてもらいました。
毎回同じで、歯磨きをしっかりするようにと言われています。

歯周病菌が、まだ少しいるということでした。
歯と歯の間をキチンと磨くようにと言われます。
しっかり磨かなければいけません。

ところが私の右手、歯ブラシを持つと震えが来ます。
震える手をコントロールできなくて、
ブラッシングを上手にできません。

右手の震えが大きいときは、
歯ブラシが口を捉えられなくて
鼻やアゴに当たります。

左手は使い物になりません。
朝の歯磨きから不調が続きます。
あまりにも磨けないので、最近は電動歯ブラシを使っています。

でも、電動歯ブラシを持っても右手は震えます。
左手で介添えをして、両手で歯ブラシを持つ始末。
何とも情けない光景です。

右手が思うように動いてくれないので、細かな作業ができません。
シャツのボタンを留める、外すといったところから不調です。
ネクタイを結ぶのももどかしいです。

右手の震えはペットボトルの飲料を飲むときも現れることがあります。
震えの原因はよく分かりません。
薬の副作用ではないかと考えています。

手が不器用になってしまいました。
医者に訴えたところ、薬の副作用を止める薬を処方してもらったことがありました。
でも、あまり効果がなかったので、やめました。

最近、少しずつですが、薬を減らしてもらっています。
とは言っても、インスリンなどを合わせると、未だ20種類以上の薬を使っています。
お薬手帳も分厚くなり、すぐに満杯になってしまいます。

症状は、少し改善、としておきましょう。
日によっては全く症状が出ないときもあります。
逆に症状が出るときは、何度も何度も繰り返し、呻いていることも多いです。

この呻きの症状アスカイヤーが出始めて、15回目の秋を迎えました。
去年より良くなっている筈です。
そう信じています。

一人、心を病み、自分の症状が辛いときは、
私は何故こんな症状に見舞われるのか、
どんな罪を犯したのか、と考え込んでしまいます。

そして答えはいつも迷宮に入り込んでしまいます。
抜け出すことのできない堂々巡り、循環思考。
光明は未だ見えません。

病は身から出た錆。
身をもって償います。
果たして私はどこへ向かうのか。

統合失調症、糖尿病、骨壊死。
これらはいつか癒えるのか。
否。

今日もリハビリのため、熊本市内の整形外科医院まで行ってきました。
7時半前に出発、10時過ぎに到着しました。
11時前にレントゲン撮影、先生の診察。
そしてリハビリ、電気治療をしてもらいました。

レントゲンで見る限りでは、骨壊死は進行していないとのこと。
少し安心しました。
きょうは痛みはあまりなかったので、痛み止めを飲まずに出かけました。

レントゲンを撮るために左膝を曲げたときに、痛みが走りました。
リハビリ中は、ほとんど痛みはなく、回復ぶりに理学療法士も驚いた様子でした。
今日は痛みがありませんでしたが、こなしすぎると痛みが戻ってくることがあるので、
慎重に経過を見ていこうと思っています。

痛み止めはもらわずに、12時半頃、病院を後にしました。
帰りは一直線。ひたすら朝来た道を戻ってきました。
途中トイレ休憩と、農協の窓口に立ち寄り、家に着いたのは3時半ごろでした。

今日も無事、戻ってきました。
帰りの車中で、燃費表示が出るので慎重に走っていたところ、
最大28.3km/ℓまで、燃費が伸びました。
家の近辺を走るときの2倍以上でした。

職場までの距離がおよそ40kmなので、週日は往復80kmは走ります。
今のところ給油は週2回程度。
燃費の平均は、20km/ℓぐらいです。

左膝は、痛みを取ることが大前提。
手術は体重が重すぎるので、無理なのです。
減量は少しずつ進んでいますが、このところ94キロ台で足踏み状態です。

秋は味覚の秋、食欲の秋、天高く馬肥ゆる秋です。
冬に備えて蓄える季節なので、減らすのはなかなか難しいと思います。
が、やらなければなりません。
心して頑張りますので、ご声援をお願いします。
早いもので、9月も下旬にさしかかろうというところ。
台風16号の進路が気になり、何となくそわそわしている朝食後の時間。
今日は休みだ。
敬老の日。

父の入所先の施設では敬老会が行われるという。
家族にも案内状が来ていたので、母が行くと思う。
私はあまり乗り気がしないので留守番をする予定。

一昨日、昨日、今日と、3連休だった。
久しぶりに家でゆっくり過ごした。
左膝は相変わらず痛い。

今、週1回、熊本までリハビリに通っている。
行くのは、水曜日になることが多い。
片道3時間弱。
往復するだけで、やはりくたびれる。

膝は以前ほど猛烈な痛さはなくなってきたが、
曲げ伸ばしするとき、立ち屈みするときに痛みが走る。
なかなか思い通りに治らない。

筋肉をつけるしかない。
痛みがなければOKなのだが、
思うようにならない。

リハビリで左膝の筋トレをしているが、
こなしすぎると、痛みが増してしまう。
やらないと筋肉は付かない。
痛し痒しのところだ。

体重を減らさなければならない。
今朝の体重は93.5キロだった。
正月は111キロだったから、随分減った。
が、まだまだ夢の途中。

もっともっと減らさなければならない。
当面は90キロ以下を目標としている。
それから85キロ、80キロと目標を設定していくつもり。

体重が減ってきているので、それはそれでうれしいのだが、
困っていることがひとつ。
服のサイズが合わなくなってきているのだ。

今まで、ほとんど5Lサイズだったのだが、
4L~3Lサイズぐらいになってきている。
Yシャツも4Lが少しダブついてきた。

もう少し減らせれば、ユニクロに再デビューできるかもしれない。
出費がかさむが仕方ない。
痩せる方に賭けてみたい。

さて、台風16号。
予報円の中心から、ほんの少しずれてきたようだ。
目に入るような直撃ではなさそう。
でも、今夜は大雨になりそうだ。

裏山が崩れてこないように祈る。
16号さん、避けてくれー!

猛暑の中、盂蘭盆会も通り過ぎ、8月もやがて下旬に向かう候。
私は、左膝痛に悩まされている。
膝の骨の「骨壊死」なのだそうだ。

リハビリのため、週1回、熊本市内まで通っている。
現状を維持すること、悪くならないようにすること。
そして痛みを軽減することが目標。

CTの立体的な映像から、膝の骨が欠け落ちていて、破片が周りに映っている。
人工関節にするという方法では、年齢が若すぎる。
骨移植は成功確率が低い。

結果、左足の筋力を高めて、現状を改善していくことになった。
2月に退院してから、松葉杖が欠かせない。
外はもちろん、家の中でも松葉杖が必要。

『珍しい』症例なのだそうだ。
痛み止めを飲まなければ、痛くて耐えられない。
立ち上がるとき、腰掛けるときが痛い。

じっとしているときは痛みはない。
疼きもない。
朝は多少楽だ。

が、行動を始める日中は、痛い。
風呂、トイレ、食事、睡眠のために移動をする。
移動をするのが大変だ。

階段を降りるとき、左足から降りなければならない。
階段を上るとき、右足から上がらなければならない。
たまに間違えると、激痛が走る。

段差は良い。
一歩ずつ進むから。
スロープは悩ましい。
段を降りるペースでなければ昇降できないから。

片手が松葉杖で塞がると、荷物も運べない。
今は、松葉杖なしで歩けるようになることが望み。
なんさま、どうかしぇんばならん。
今年も早いもので、もう半年が過ぎました。
半年の間に色々ありました。
2月に左膝の手術をして以来、松葉杖生活が続いています。
歩行すら満足にできない状態で、畑仕事などは全くできません。

5月の半ばから、就職しました。
と言っても、研修生です。
まともに仕事ができるわけではないし、仕事に必要になることを教えてもらっています。
ワード、エクセル、文書作成、ビジネスマナー、実技の訓練です。
ワードやエクセルは独学で覚えた使い方しかできなかったので、キチンと指導してもらえるのは有り難いです。

6月中旬、父が特別養護老人ホームに入所しました。
父を介護していた母も、最近は疲れた様子でした。
私も2月からは松葉杖なので、介護の補助がほとんどできない状態でした。
渡りに船。
父には申し訳ないけど、家族での介護は限界に近付いていました。

私は来週には54歳になってしまいます。
喪われた15年を取り戻すことはできませんが、新しい道を模索することはできます。
就職は新たなチャンスを与えてくれるのではないかと思います。
与えられた環境の中で、自分を鼓舞できるよう頑張ります。

でも大きな問題があります。
左膝の具合です。
医師から体重を90キロ以下に落としてから手術をすると言われていて、
今、必死に減量に取り組んでいます。

110キロ近くあった体重は4ヶ月で98キロ台まで減らすことができました。
あと8キロ以上、落とさなければなりません。
今年後半は、減量との闘いです。
頑張りますので、ご声援をお願いします。



今日は法事でした。
去年の夏に亡くなった伯母の一周忌、今年の春に亡くなった伯父の百箇日の法要でした。
夫婦二人は今夏、そろって初盆を迎えます。

昨年の今頃はまだ、伯母は闘病中でした。
伯父はピンピンしていました。
まさか1年も経たないうちに、二人とも逝ってしまうとは思っていませんでした。
寂しいです。

でも今は、二人そろって彼岸の地から此岸を観ていることと思います。
伯父は、何かしらの使いをすると、お礼の言葉の最後に、「サンキューサンキュー」と言うのが口癖でした。
か細い身体で粗食に耐え、齢90を過ぎ、伯母が逝ったあとも一人で暮らしていました。
我が家は父の代から、伯父にはとてもお世話になっていました。

「ほら、ひろじい、わがぁおとこじゃっでーね。〇〇ぶら下げとっでぇ、頑張らんばね!」
生前、よく伯母から、こんな言葉で叱咤激励をされたことを思い出します。
気持ちがへこたれそうなとき、伯母から言われたこのフレーズを思い出して、
自分を鼓舞し発散して、やる気を引き起こすようにしています。

亡くなったあとは、葬儀から三日、七日参り、四十九日、百箇日、初盆へと時を刻みながら、偲んで行きます。
色々と過ぎていく行事の中で、人は少しずつ別れを悟り、糧としてやがて少しずつ久遠の時を目指していくのだと思います。
二人とも、まだ一度も私の夢の中には現れてくれません。
私の修行が足りないのか、伯父伯母がまだまだ待て待てと思っているのか分かりませんが、夢の中で言葉を交わすことができたら、うれしい限りです。
「伯父さん、伯母さん、まっとるばなぁ」と、ここに記しておきます。

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